編纂刊行要旨

         第一 語彙に就いて

凡そ日本人の嘗て用ひ、また現に用ひつつある言語文字で分らぬことのないやうにとの注意のもとに、七十餘萬の語彙を左の諸方面から採集した。

 一 室町以後德川時代の文獻、卽ち、謠曲、狂言近松もの、西鶴もの、黃表紙、洒落本の類から一々語彙を拾った。

 二 室町文化に關係深き日葡辭書の語を採入れた。

 三 七萬餘の方言を採錄した。

 四 外來語、新聞語、飜譯語、轉用語、隱語、通語を網羅した。

 五 近接語族アイヌ語朝鮮語、臺灣語等を採錄した。

 六 所謂訓點もの、抄もの、古文書の用語を廣く採錄した。

 七 音韻學、音義學、文法學上の語彙を採錄した。

 八 漢字の親字を漢音、吳音、宋音各について採錄した。

 九 「ことば」ありて文獻なき職人語、商人語、農漁民語を拾った。

 一〇 民族學の發達に基づく土俗語を採錄した。

 一一 漢熟語、諺語、名詞、名歌等をその頭語によって採錄した。

 一二 和漢西の名著解題、俳句の季題、戲曲名題、書題等を採錄した。

 

          第二 解說に就いて

 語の解說については、それぞれ、專門家を煩はして、すべて一語一語全く新に執筆して戴いた。物名、地名、人名、專門術語の類は、なるべく解說の簡明を期した。けれども、國語、漢語の解說については、最も詳密且つ親切を旨とし、行數を吝みなく用ひてその語義の外、出典用例をなるべく正確に且つ詳しく揭ぐるを旨とした。殊に音義、字義の解說、助詞、動詞、形容詞、副詞の意義と用法、竝にその時代的變化、多義名詞の用例と異同辯を最も明確ならしむべく努力した。

 

          第三 索引に就いて

 索引が不便であれば辭書は辭書としての價値を失ふ。求むるところがすぐに引出せるといふことが辭書の大なる要件である。然らば、索出し易いとはどういふことであるか、基準の單一といふことである。口で唱へる音と、排列されたる文字との一致である。本辭典においては、一切の辭(ことば)が五十音順にすべて表音片假名にて排列されてあるから、何人にも求むる辭が直ちに見つかる。歷史的假名遣は、見出し片假名の直下に示してあるから、これまた閒違へる心配は少しもない。漢字が分ってゐて讀方の分らぬ場合には、卷末に附する總畫順字畫索引で先づその發音を索め、次にその意味を本文において索むればよいわけである。

 

          第四 書名に就いて

 本書は、日本人が嘗て用ひ現に用ひつつある一切の言語を網羅せる點に於て、廣義の日本語典である。それで、第一に擇ばれた名は廣日本語典であった。けれども、日本人の用語ではあるが、本來は日本語でないものが隨分網羅されてある點で、考へてみるとこの名は適切でない。次に考へた名は、廣國語辭典であった。なるほど廣い意味では、日本人の嘗て用ひつつある語はみな國語であるに違ひない。ところが國語といふ語の語感は寧ろ狹い大和言葉を思ひ起させる。この辭典の特色とするところは、國語漢語辭典としての外にあらゆる部門辭典を綜合してをる點にあるから、綜合大辭典がよいといふことになった。ところが、綜合といふとあり合せのものを寄集めたといふ感を起しやすい。本辭典は、決して既成辭典類の綜合ではなく、すべて新に語彙を拾ひ、新に解說を附した點で一切が獨創、一切が創始である。寄集めの感を與へては大變だといふことになり、平凡社大辭典、日本大辭典、廣綜大辭典などいろいろ附けてみたが、さて何れもこの博大な計畫が小さく見えるやうな氣がしていけない。つひに、何も冠せず、堂々と形容ぬきの大辭典で押出すことに定ったのである。

 

          第五 造本に就いて

 製版印刷については、活版でといふ意見もあったが、ルビが明白に出ない感がある。ことに漢字の親字を多く出す關係から、製版上作字の自由であることが一つの條件でもあり、また印刷の鮮明を期する上からもタイプライター印字、寫眞製版、オフセット印刷を綜合せる單式印刷を用ふるが最もよいといふことになった。

 用紙に就いては、なるべく紙面の光の爲に視力を疲らせる虞れなきを旨とし、且つ、眼に和らかき感じを與ふるやうな薄い肉色をつけることにした。製本は、綴背張角擴張ミシン入背革天金すべて堅牢裝飾の二要素を具備するやう注意した。永久保存本、そして日常使用本として、先づこれならばどの點から見ても最上と信ずる。